宮内ひでき

職業
国会議員
所属
衆議院
選出
福岡県
宮内ひでき

プロフィール

現在の肩書き

宮内ひでき

国会

  • 国土交通委員会

自民党

  • 自民党 無電柱化小委員会 事務局長
  • 自民党 水素社会推進小委員会 幹事
  • 港湾議員連盟 事務局次長
  • トラック議員連盟 事務局次長
  • 組込みイノベーション議員連盟 事務局長

1962年10月19日 出生

  • 愛媛県松山市にて生まれる

    愛媛県松山市にて生まれる

    松山市役所勤務の父と、専業主婦の母の長男として誕生。

  • 岡田小学校卒業

    岡田小学校卒業

    小学校6年生の時。放送委員会の毎日の放送当番が楽しみでした。

野球に賭けた青春。

  • 愛媛大学附属中学校卒業

    愛媛大学附属中学校卒業

    中学、高校は野球に熱中しました。

  • 松山東高等学校卒業

    松山東高等学校卒業

    伝統ある松山東高校野球部で甲子園を目指しました。

    2年生の県大会では、レギュラーとしてサードを守るも準々決勝で痛恨 のエラー。

    宮内のこのエラーによって、相手に決勝点を与えた松山東の甲子園出場は絶望的となり、下級生宮内は頑張ってきた3年生たちに合わせる顔がありませんでした。

    その後も引き続き野球に熱中しましたが、甲子園出場の夢は叶わないまま、高校卒業。「男は東京で勝負!」と、東京の大学を目指し、強い思いで受験勉強に励みました。

バットを扇子に持ち替えた大学時代。
アメリカで芽生えた政治への想い。

  • 青山学院大学入学

    青山学院大学入学

    大学では慶応の野球部に憧れを抱いていましたが、受験に失敗。現実には青山学院大学経営学部に入学。

    なぜか落語研究会に入部し、以後、落研の活動(老人 ホーム慰問など)に没頭しました。

    3年生では第23代会長に選出。芸名は音亭狂雀(おんてい・きょうじゃく)、得意ネタは「阿弥陀池」など。
    (シブすぎたかな?)

    経済学部・経済原論ゼミに所属しました。

  • アメリカへ放浪の旅

    アメリカへ放浪の旅

    大学4年時には卒業後の進路に大いに悩み、大学のゼミの教授にお願いし卒論を受け取らなかったことにしてもらい、留年。

    アメリカ大陸一周の旅に出ました。 JFK空港に降り立つと We Are The World が流れていました。ちょうど、その時分でした。

    アメリカ放浪中には、たまたま開催されていた大相撲のイベントで手伝いをさせてもらったり、アメリカン・ジャパニーズ・チャーチで落語をやったり、いろい ろな人と出会いながらグレイハウンド・バスでアメリカの主要都市を点々と横断・縦断した3ヶ月間を過ごしました。

    「国家における政治の役割の大きさ」ということについて、初めて強い思いを抱いたのがこの旅の最中でした。これからは、政治の勉強をしようと胸に誓い、 LAXから帰国の途につきました。

23歳、永田町デビュー。
以後25年間、政治の現場一筋に。

  • 塩崎潤先生の書生となる

    塩崎潤先生の書生となる

    1985年、愛媛県選出の国会議員・元総務庁長官 塩崎潤先生の門を叩き、秘書として永田町に職を得ました。

    1985年秋からは、塩崎潤先生の私邸に住み込んでの、いわゆる書生として、代議士秘書の生活をスタート。
    朝7時半には、一緒に私邸を出発。一日中代議士にぴったり寄り添い、夜には番記者の来訪を受け、自室に下がるのが23時くらいという、「寝ても覚めても政治」という毎日を5年間送りました。

  • 塩崎恭久衆議院議員秘書

    塩崎恭久衆議院議員秘書

    塩崎先生の長男で元官房長官の塩崎恭久先生の第一秘書

  • 渡辺具能衆議院議員政策秘書

    渡辺具能衆議院議員政策秘書

    福岡4区選出の元国土交通副大臣 渡辺具能先生の政策秘書

代議士秘書として約25年間、将来の政治家を目指し、まさに生の政治を日々間近に見て、国政選挙を事務所の秘書として10回経験するなかで、政治とは何か、政治はどうあるべきかをじっくりと学んできました。

政治家への転身を決意

  • 自民党衆議院福岡4区支部長

    自民党衆議院福岡4区支部長

    2011年12月20日 自民党福岡県連幹事長より、「自民党福岡県連、あなたを福岡4区支部長として党本部に推薦します。」との電話をもらった瞬間、政治家としてのステージがスタートしました。

  • 衆議院議員

    衆議院議員

    2012年 12月の衆議院選挙に当選。
    長き秘書時代に培った「経験」と「備え」を存分に発揮し「即戦力」となることを誓い、国政に携わることとなりました。

現在

  • 即戦力議員として

    即戦力議員として

    秘書時代はここ福岡4区の地域の抱える諸問題にも取り組む機会を頂き、宗像市のさつき松原の整備や福津市の福間駅東開発事業、台風による宇美川の氾濫への対策や新宮町の沖田地区の開発等々、それぞれの地域の政策的課題に携わってきました。

    その経験を財産としながら現在福津市に居を構え、地域にとっても“即戦力”として政治の実践に渾身の努力をしていきます。

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無電柱化推進法案の提出者を代表して趣旨説明を行いました。

2016年12月2日 「無電柱化法案」を、超党派の議員立法として提出しました。宮内が本日の国土交通委員会で法案の趣旨説明を行い、全会一致で可決されました。
今後は衆議院本会議と参議院の本会議で可決されれば、無事法案成立です。

 

※無電柱化について

道路上の電線・電柱は景観を損なうだけではなく、歩行者や車いすの通行の妨げとなり、地震などの災害時には電柱が倒れるなど、防災上の危険も伴います。

今回の法案は、その災害の防止、安全・円滑な交通の確保、良好な景観の形成等を図ることが目的です。

我が国の無電柱化率は欧米の主要都市やアジア各国の都市と比べても極めて低い状況にあり、今後のよ

り一層の努力が必要です。

 

参考:
道路:無電柱化の推進 – 国土交通省
http://www.mlit.go.jp/road/road/traffic/chicyuka/

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